公開: 2019年8月19日
更新: 2019年8月xx日
元々は、言語学上の言語の分類で、文法が詳細に決められており、品詞が文法規則に基づいて語尾変化する形式の「屈折語」に属する言葉を、アーリア語、またはインド・ヨーロッパ語属と呼んだことに始まります。アーリア系の言語の源は、中央アジアの現在のイラン付近から始まったと考えられています。古くはバビロニアの言語、ギリシャ語、ラテン語などが代表例です。この言語学的な説は、イギリスからイギリス統治下のインドに赴任した判事で言語学にも通じていたウィリアム・ジョーンズが、インドの古語であったサンスクリット語に興味を持ち、ギリシャ語やラテン語との共通点を見出したことが始まりでした。ジョーンズは、この考えを基礎にして、ゴート語、ケルト語、ペルシャ語などとの比較を行い、インドからヨーロッパに至る地域で話されていた言語が、「同じ共通の言語から派生したもの」ではないかとする説を主張しました。この説を、考古学者のヤングが指示して、「インド・ヨーロッパ語族」と名付けました。
この言語学上の学説が広まるに従い、インドのヒンドゥー教の聖典を翻訳したドイツのミューラーが、サンスクリット語を話していた人々が自分達を「アーリア人」と呼んでいたとして、インド・ヨーロッパの様々な言語を使っていた人々をアーリア人と呼ぶべきであると主張したことから、インドからヨーロッパに至る地域に住み、インド・ヨーロッパ語族系の言葉を話す人々が、同じ祖先の血を引いている人種であると主張しました。この主張に科学的な根拠は認められません。しかし、この学説は19世紀のヨーロッパで広く信じられるようになりました。フランスの作家であるゴビノーは、アーリア人の優越性を主張する人種論を提唱しました。このアーリア人種の優越性を信じた人々は、人間を黒色人種、黄色人種、白色人種に分類し、白色人種の知能が最も高く、アーリア人種は白色人種の代表的存在であると主張したそうです。この理論は、イギリスやドイツで普及したそうです。ヒットラーは、この人種論の影響を受けた一人であったと言えます。
言語学上の言語の分類は、文法規則が厳格に決まっている「屈折語」、文法規則が柔軟な「こう着語」、そしてほとんど文法規則がない「孤立語」に分けられています。ドイツ語や英語などの言語は、屈折語に属しています。日本語や朝鮮半島の韓国語、中国東北部の満州族の言葉、蒙古語、ハンガリー語、フィンランド語などは、屈折語に属しています。中国語やポリネシア語などは孤立語に属しています。厳密に言えば、日本語などには「未来形」がありません。中国語には、「過去形」も「未来形」もありません。日本語には、単数と複数での文型の変化も、名詞の格変化もありません。英語やドイツ語の場合、「現在形」、「未来形」、「過去形」で文型が変化し、名詞は単数と複数で語尾が変化します。さらに主語によって、文型が変化します。この文法的な約束事が、日本語の場合、論理的な厳密さを追求した表現を分かりにくくする特徴があります。法律の条文などが分かりにくくなるのは、そのためです。